その日はやけに寝苦しかった。
ふと目が覚めるとのどが渇いた、一階におりて飲み物を探した。
外ではスズ虫だかなんだかが一晩中鳴き続けているらしい。
ぼくはその時何かに導かれたように外に出た、寝巻きのまま。
家の外は夜風が気持ちよかった、しばらく歩くことにした。
いつのまにか旅館に来ていた、信じられないことに家の周りにはそんな施設は無い。
少なくとも歩いて行ける距離には絶対に無かった。
あきらかにおかしい、変だ。
でもそんな考えはすぐに消えた。
むしろそこに行かなくてはならないような気がして建物に入った。
もういい時間だし開いているのも変だったが……。
「おかえりなさいませ」という声とともに女将が現れた。
ぼくはなぜ「おかえりなさいませ」と言われたのかわからなかった、人違いじゃないのか?
そう言おうとしたけれど、面白そうだからそのまま何も告げず様子を見ていたら
「ささ、どうぞこちらです」と奥の部屋に案内された。
旅館ってこういうことだったかな?と妙に納得し、言われるまま部屋の中へ
部屋は「変わっている」というレベルを超えていた、何かを作っているかのようなものものしい機械で埋め尽くされている。
工場のようだ……。
しかも機械類は最新のものというわけじゃなく、どこかレトロな雰囲気が漂う印象。
女将はぼくを横目でじっと見つめたまま、もう動かなかった。
この部屋に誰かいるらしい。
男だ、髪が長くて表情が全くわからない。
「やぁ、ようこそ、ぼくの可愛い人間よ」
そう言って彼は、ぼくの左耳を舐めた。