天使か悪魔か15

「こんにちは」

「あ、どうも、こんにちは」

「で、具合の方はどうなのかな?」

「分娩室に入る前の話なんですが、今から30分くらい前になるかな?」

「……その時私の見た限りでは余裕がありました、表情も明るかったですし」

「……それに、医者の方も経過は良好だと言ってました」

「そうか、それは良かった」

「ですが……、それでもやはり落ち着きませんね」

「ははは、どれだけ医者の言葉を聞いても心配は尽きない、最初はそういうものさ」

「そういうもの……ですか」

「まぁ、気長に待ちましょう」

「はい」

それにしても待ち長い。

点灯している赤いランプを見つめながら、今か今かと焦る気持ちを抑えた。

落ち着け。

ご両親の前でヘタな姿は晒せない。

男らしくドシンと構えろ。

病院の通路を右往左往していたら失望される。

「この男は頼れる」という印象を持たれなければならない。

いや、それよりも……そんなことよりも、あき、大丈夫なのか?

中はどうなっている?さっきから何も聞こえてはこない、本当に順調か?

ああ……あき、無事にここから出てきて、いつもの底抜けに明るい笑顔を見せて欲しい。

「こんな時にあれなんだけど」

義母から話しかけられた、頭が良く、世話好きな人だ。

「あきとはどうやって結ばれたの?」

俺の焦る様子を感じ取って、気を遣ったのだろう。

「あきとのなれそめですか……、そういえばまだ詳しく話していませんでしたね」

「うん、まだだった」

この人と話していると自然と口元がゆるむ、そういう不思議な雰囲気を持っているのだ。

「あきとの出会いは今から3年前……」

「うんうん」

やさしくて、どこか温かくて、安心感がある。

あきとそっくりだ。

あきの温かさは母親譲りなんだなと感慨に耽る。

「で、結婚しようと思ったのはいつ?」

結婚を決意した時……。

そう、あの時だ。

あきはあの「痛ましい事件」によってひどく傷ついていた。

あきの学校の教え子が穴の中で遺体となって発見された事件だ。

その子はあきの一番気にかけていた生徒で、その子自身もあきにベッタリだったという。

名前をたしか「コウ」と呼んでいた。

見つかったのは、行方が分からなくなって実に2ヶ月が経った日の事だった。

遺体はひどく腐敗していたらしい。

あきはショックで何も口にする事が出来ない状態まで弱っていた。

俺は目の前のこの人を「支えたい」と思った、いや、「支えなければならない」と思った。

そんな状態になっても、笑顔を見せてくれる彼女と「結婚したい」と思った。

 

 

 

つづく