「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
「で、具合の方はどうなのかな?」
「分娩室に入る前の話なんですが、今から30分くらい前になるかな?」
「……その時私の見た限りでは余裕がありました、表情も明るかったですし」
「……それに、医者の方も経過は良好だと言ってました」
「そうか、それは良かった」
「ですが……、それでもやはり落ち着きませんね」
「ははは、どれだけ医者の言葉を聞いても心配は尽きない、最初はそういうものさ」
「そういうもの……ですか」
「まぁ、気長に待ちましょう」
「はい」
それにしても待ち長い。
点灯している赤いランプを見つめながら、今か今かと焦る気持ちを抑えた。
落ち着け。
ご両親の前でヘタな姿は晒せない。
男らしくドシンと構えろ。
病院の通路を右往左往していたら失望される。
「この男は頼れる」という印象を持たれなければならない。
いや、それよりも……そんなことよりも、あき、大丈夫なのか?
中はどうなっている?さっきから何も聞こえてはこない、本当に順調か?
ああ……あき、無事にここから出てきて、いつもの底抜けに明るい笑顔を見せて欲しい。
「こんな時にあれなんだけど」
義母から話しかけられた、頭が良く、世話好きな人だ。
「あきとはどうやって結ばれたの?」
俺の焦る様子を感じ取って、気を遣ったのだろう。
「あきとのなれそめですか……、そういえばまだ詳しく話していませんでしたね」
「うん、まだだった」
この人と話していると自然と口元がゆるむ、そういう不思議な雰囲気を持っているのだ。
「あきとの出会いは今から3年前……」
「うんうん」
やさしくて、どこか温かくて、安心感がある。
あきとそっくりだ。
あきの温かさは母親譲りなんだなと感慨に耽る。
「で、結婚しようと思ったのはいつ?」
結婚を決意した時……。
そう、あの時だ。
あきはあの「痛ましい事件」によってひどく傷ついていた。
あきの学校の教え子が穴の中で遺体となって発見された事件だ。
その子はあきの一番気にかけていた生徒で、その子自身もあきにベッタリだったという。
名前をたしか「コウ」と呼んでいた。
見つかったのは、行方が分からなくなって実に2ヶ月が経った日の事だった。
遺体はひどく腐敗していたらしい。
あきはショックで何も口にする事が出来ない状態まで弱っていた。
俺は目の前のこの人を「支えたい」と思った、いや、「支えなければならない」と思った。
そんな状態になっても、笑顔を見せてくれる彼女と「結婚したい」と思った。